菜食の極み


国際理解を深める世界の宗教〈4〉ヒンドゥー教


国際理解を深める世界の宗教〈4〉ヒンドゥー教



僕は自分がどうして菜食しているのか、その本当の理由を自分でも知らない。

「水に親しむOOOさんが、理屈でなく菜食に惹かれていく、というのは分かる気がします。」

というメールを12月にいただいてから、僕はずっと考え続けている。僕自身ではそれまで、何らかの理屈があって菜食しているのだと思っていた。
だから、上のメールをいただいて、その理屈を書いて返信しようとしたのだけれど、僕はその理屈をかけなかった。
いや違う、こうかもしれない、それだけではないはずだ、などと何度も返事を書いては消して、追加しては削除して、あれからもう3ヶ月、返信メールはまだ完成していない。




ポプラ社の「ヒンドゥー教」という子供向けの本を読んだ。

とてもわかりやすくまとめてあるので驚いた。これを子供だけに見せるのはもったいない。大人もぜひ目を通して欲しい。


ヒンドゥー教徒は肉を食べない?」
菜食主義者と非菜食主義者
「動物王国インド」
「ガンディーが伝える不殺生」
菜食主義者はどんな食事?」
「菜食と非菜食のさかいめ」
「イモも食べない菜食主義者がいる」



など、菜食について多くとりあげられている。
僕はもしかしてヒンドゥー教徒なのか?だから菜食したいのか? とまで感じた。

おもしろいのは、「肉食の極み」「菜食の極み」の表で、
菜食を極めていくと、
「葉食」 ⇒ 「水食」 ⇒ 「風食」 ⇒ 断食 ⇒ 飢餓 ⇒ 餓死 にまでいきつくこと。断食が不殺生の得と結びついているなんて・・・。日本の即身仏も同じ思想なのだろうか。
僕が最近になってやっと実践できるようになってきた「少食」にも通じているように思う。


この本を読んで思い出したのは一昨年の大晦日。親しくしているインド人2人と中国人1人に日本の年越しを体験してもらった。
いろいろな会話のなかで、

印:「中国って子供が一人って決まってるんだよね?」
中:「え、インドは子供何人つくってもいいの」
印:「僕は5人兄弟だよ」
中:「それで問題ないの」
印:「ノープロブレム」

というのが印象に残っている。中国人は本当に驚いていた。インド人のほうは、中国人はへんなことするもんだなー、と考えていたのだろう。

1年経った今、この本によってやっと気づいたのは、中国人はやたらと肉を食べて、インド人には菜食が多いこと。穀物を家畜に食わすか、人間が食べるかでは養える人間の数はずいぶん違う。