子ども弁当

kawauso9992008-01-01

先日、小学2年生に持たせた愛父弁当。
自分の顔の似顔絵弁当であることが恥ずかしかったそうで、友達に見られる前にグチャグチャかき混ぜて、それから食べたらしい。
親の気持ちが子どもに伝わらないことが、多々ある。
(逆に考えると子の気持ちを親が知っていない)



髪の毛部分はケチャップスパゲティ。
目はシメジの小さなものを使用。
鼻と口と眉毛は切り抜いた海苔。
サラスパのマヨネーズは、日清のマヨドレ(タマゴ不使用)を使って、2年生が自分で調理した。
唐揚げは解凍した黒蒟蒻。


蒟蒻ザンギ ⇒http://d.hatena.ne.jp/kawauso999/20071023
菜食マヨネーズ ⇒http://d.hatena.ne.jp/kawauso999/20070616
こども菜食弁当リンク ⇒http://d.hatena.ne.jp/kawauso999/20080116






クリスマスや正月や誕生日を祝う習慣を、僕は取り入れていない。
日常の信心や心がけを持たずに、正月やイベント事の時だけ神社や寺や教会を訪問することは恥ずかしいことだと考えている。
正月を祝うのは当たり前だという家族と、そうではない僕との間にはいつも摩擦がある。
数年前までの正月は冬山に2泊くらいして家を空けていたので楽だったことを思い出した。数年後には冬山での魂の洗濯を再開したい。


太陽暦での1月1日を特にメデタイ日だと捉えないので、「あけましておめでとう」という挨拶も本当はしたくない。
それを言ってくる相手には、「ああ、この人はこの日をめでたいと考えているのだな。それならばこの人がめでたいと感じるその気持ちを尊重して、ぼくもその人のためにおめでとうと答えよう」という思考を経てから僕は、「あけましておめでとうございます」と返事をする。
親しいと僕が思う人には、本心を打ち明けて、おめでとうと言わないこともある。
さなちんは僕のことを外国人みたいと感じたようだけれど、「外国人みたい」なのではなくて、「日本人みたいではない」のだと自分では考える。

さなちん ⇒ http://sa200810.blogspot.com/2007/12/blog-post_17.html